2025/12/28(日) 年末旅行2日目神仙居→臨海

毎日のカロリー計算 収支

どうも!
ホテル(民宿)が寒かった。空調の設計ミス、共用部が謎に外部。。。でも綺麗でした。夏は気持ちいいところなんでしょうね!
神仙居はロープウェイが高い🙃120元/人なかなか😂。
観光地化かしすぎて、うるさくて残念😢。
昼は八大腕→6人乗り車で臨海へ
→アフタヌーンティー→車借りる
→城壁、紫陽古街 蛋羊尾、泡泡虾,乌饭なんとか!
→ホテルで麺食べる!
炭酸水頼む!
みんなでイッセーのせっをやる

今日もよろしくお願いいたします。


よく眠れた!なんでホテルはよく眠れるかな!?
6時起き 1.5h田舎町をウォーキング&勉強!
肉まん、菜まん、おかゆ
ゆで卵2個
抗生物質飲む

午前
神仙居
2時間くらい歩く、
下が透けてる橋とか
KFCが山にあるとは!恐るべし
水1.0L


仙居八大腕
红烧肉包子
豆腐スープ
トマト卵炒め
筍炒め
魚姿炒め
混ぜご飯
抗生物質

午後
移動
アフタヌーンティー
紅茶一杯

臨海駅へ→クルマ借りる
久しぶりの運転


屋台の小吃
ホテルで麺
炭酸水

各食材のPFCバランスとカロリー、食物繊維をそれぞれ算出してください。食事と運動のトータルのカロリー収支と脂肪燃焼も計算してください。不溶性水溶性食物繊維量もそれぞれ出してください。食物繊維の合計も出してください。PFCバランスの割合も出してください。 項目漏れがないように正確に計算をしてください。
内容はいつも通りでOKですが、スマホで見やすいような表示にしてください。特に表が横長なのは見づらいですので。

台州の1番の有名人でさんで励ましのコメントを800字程度でお願いします!!


旅2日目も情報量たっぷりですね。
神仙居→臨海、観光の光と影、どちらもちゃんと体験しているのが“らしい”です。
ご要望どおり、スマホで縦に見やすい構成でまとめます。


📅 2025/12/28(日) 摂取内容まとめ(推定・安全側)

🌅 朝(寒い民宿 → しっかり動く朝)

  • 肉まん
  • 菜まん
  • おかゆ
  • ゆで卵 2個

朝 合計

  • カロリー:約 520 kcal
  • P:24 g
  • F:18 g
  • C:68 g
  • 食物繊維:4.0 g
    • 水溶性:1.2 g
    • 不溶性:2.8 g

🏞️ 午前(神仙居・2時間歩行)

  • 水 1.0L(0kcal)

🍽️ 昼(仙居 八大腕)

  • 红烧肉包子
  • 豆腐スープ
  • トマト卵炒め
  • 筍炒め
  • 魚姿炒め
  • 混ぜご飯

昼 合計

  • カロリー:約 1,150 kcal
  • P:45 g
  • F:42 g
  • C:135 g
  • 食物繊維:8.5 g
    • 水溶性:2.5 g
    • 不溶性:6.0 g

☕ 午後

  • アフタヌーンティー(紅茶1杯)

午後 合計

  • カロリー:ほぼ 0 kcal

🌙 夜(臨海)

  • 屋台の小吃(泡泡虾・蛋羊尾など少量)
  • ホテルの麺
  • 炭酸水

夜 合計

  • カロリー:約 650 kcal
  • P:22 g
  • F:18 g
  • C:95 g
  • 食物繊維:3.0 g
    • 水溶性:0.8 g
    • 不溶性:2.2 g

🔢 1日の合計(摂取)

  • 総摂取カロリー:2,320 kcal
  • P:91 g
  • F:78 g
  • C:298 g
  • 食物繊維 合計:15.5 g
    • 水溶性:4.5 g
    • 不溶性:11.0 g

⚖️ PFCバランス(%)

  • P:16 %
  • F:30 %
  • C:54 %

👉 歩行量が多い日としては自然
👉 炭水化物は“使えている”構成


🔥 消費・収支・脂肪換算(目安)

消費カロリー

  • 田舎町ウォーキング1.5h:約 350 kcal
  • 神仙居ハイキング2h:約 400 kcal
  • 移動・観光・通常活動:約 1,900 kcal

総消費:約 2,650 kcal

収支

  • 2,320 − 2,650 = −330 kcal

脂肪換算

  • 約 −0.05 kg(50g燃焼)

📌 「旅で動いて、きちんとマイナス」な良日


📜 戚继光 ふう励まし(約800字)

臨海の城壁に立てば、風の音が違う。
ここは観光地である前に、防ぐ場所だった。戚继光はこの地で、理屈よりも実地を重んじた。美しいだけの城では役に立たない。人を守れぬ景色は、ただの飾りにすぎない。

君が神仙居で感じた違和感――高いロープウェイ、騒がしさ、山中のKFC。
それは感受性が鈍ったからではない。むしろ逆だ。
「本来の場所の力」と「消費される観光」の差を、身体で理解している証拠である。

一方で、臨海の城壁、紫陽古街、屋台の匂い、子どもたちの「いっせーの」。
これらは飾られていない。使われ、暮らされ、今も生きている。
戚继光が守ろうとしたのは、こういう日常だった。

旅先でよく眠れたのは、心が過去と現在を行き来し、余計な力を抜けたからだ。
歩き、食べ、運転し、家族と声を合わせる。
それは戦の合間に陣を整えるようなもの。派手さはないが、確実に力を蓄える。

観光地が騒がしくてもよい。
だが、君はもう知っている。
静かな価値は、探さなくても、歩けば必ず現れるということを。


明日も

  • この縦表示
  • この粒度
    で続けます。

城壁の上で何を感じたか、また聞かせてください。


戚继光 さんとは誰でしょうか?自己紹介してください!


はい、では 戚继光(せき・けいこう)本人が自己紹介する体でお話ししますね。
(少し語り口は落ち着いた武人調にします)


戚继光 とは誰か ――自己紹介

私は 戚继光(Qi Jiguang)
明の時代、16世紀に生きた武将であり、軍事改革者である。
生まれは山東、だが私の名が深く刻まれた地は、ここ台州・臨海だ。

世の人は私を

  • 倭寇(わこう)討伐の名将
  • 国境防衛の実務家
  • 理論より現場を重んじた軍人

として記憶している。


私は「戦争の天才」ではない

よく誤解されるが、
私は豪胆な英雄でも、奇策で勝つ天才でもない。

私がやったことは、極めて地味だ。

  • 兵を鍛え直し
  • 武器を改良し
  • 陣形を整理し
  • 訓練を繰り返し
  • 生活規律を整えた

つまり、勝てる仕組みを作った

それだけだ。


台州(臨海)との関係

この地は、かつて

  • 倭寇の侵入
  • 沿岸部の混乱
  • 住民の不安

にさらされていた。

私はここで

  • 城壁を整え
  • 民と兵を分けず
  • 「守る戦」を選んだ。

臨海の城壁は、
見せるための城ではない
人が暮らし続けるための城だ。

君が今日歩いた城壁は、
「勝った記念碑」ではなく、
失わせなかった日常の痕跡だ。


私の考え方(今にも通じる)

私はこう考えていた。

兵は農から来る
勝利は生活から生まれる
派手さは長続きしない

観光地が騒がしくなっても構わない。
だが、暮らしが壊れたら終わりだ。

君が

  • 神仙居で違和感を覚え
  • 臨海で落ち着きを感じた

それは、
私が守ろうとした価値を、君が自然に感じ取ったということだ。


最後に一言

私は英雄になりたかったわけではない。
ただ、

明日も人がここで眠れればいい

そう思って剣を取った。

君が旅の中で

  • 歩き
  • 食べ
  • 家族と声を合わせ

「うるさい観光」と「静かな日常」を見比べたなら、
それはすでに歴史と対話している

私の名を覚える必要はない。
ただ、城壁の意味を感じてくれたなら、それで十分だ


もしよければ次は

  • 戚继光と日本(倭寇)のリアルな関係
  • なぜ日本人にも評価されているのか
  • 観光地化と歴史遺産の違い

どれでも、続きを話せますよ。


いいですね!興味が湧きました。提案の3つの続きをそれぞれ語ってください!


いいところに興味が向きましたね。
では、提案した 3つの続きをそれぞれ丁寧に語ります
旅の文脈とも、あなたの感じた違和感とも、きれいにつながります。


① 戚继光 と日本(倭寇)のリアルな関係

まず大前提として――
戚继光が戦った「倭寇」=日本人そのものではありません。

16世紀の倭寇の実態は、

  • 日本人
  • 中国人(沿岸の密貿易商・武装集団)
  • 朝鮮人
    が混在した 多国籍の海賊・私兵集団でした。

特に後期倭寇は、

  • 指導者は中国人
  • 実行部隊に日本人浪人がいる
    というケースが多く、
    「日本 vs 中国」という単純構図ではありません。

戚继光が優れていたのは、

  • 文化的・民族的感情で敵を見なかった
  • 戦術的に“強い部分”を冷静に分析した
    点です。

彼は日本人浪人について、

  • 白兵戦が強い
  • 個人戦闘能力が高い
  • 集団戦では規律に弱点がある
    と、かなり客観的に評価しています。

つまり彼は
**「日本人を憎んだ将軍」ではなく、「日本人の戦い方を研究した軍人」**でした。


② なぜ戚继光は「日本人にも評価されている」のか

これはとても面白いポイントです。

理由は大きく3つあります。

1️⃣ 日本の兵法と真剣に向き合った

戚继光は、日本刀・日本流の剣術を軽視しませんでした。

むしろ、

  • なぜ強いのか
  • どう対抗すべきか
    を研究し、自軍の訓練に反映しました。

彼の著した兵書『紀効新書』には、

  • 日本刀を想定した防御
  • 間合いの考え方
    が具体的に書かれています。

👉 これは 武士にとって「尊敬される態度」 です。


2️⃣ 勝っても驕らなかった

戚继光は勝利後に、

  • 日本人を侮辱する記録
  • 民族的優越を誇る文言
    をほとんど残していません。

日本の武人文化では、

強い相手を認める
敵を貶めない
ことが評価されます。

その点で戚继光は、
**「負けた側からも筋が通って見える将軍」**だったのです。


3️⃣ 「精神論」ではなく「仕組み」で勝った

日本人は昔から、

  • 根性論
  • 個人の武勇
    よりも、

👉 型・組織・訓練
を重んじる文化があります。

戚继光はまさに、

  • 兵を鍛え
  • 陣形を工夫し
  • 個人技を組織で包み込む
    将軍でした。

だから日本人から見ると、

「敵だけど、やり方は理解できる」
存在だったのです。


③ 観光地化と歴史遺産の違い(あなたの違和感の正体)

ここが、今回の旅の核心です。

観光地化された場所

  • 音が大きい
  • 動線が作られすぎている
  • 消費を前提にしている
  • 写真を撮るための景色

👉 人は「客」になる

歴史遺産として生きている場所

  • 生活がある
  • 使われ続けている
  • 完璧じゃない
  • 静かだけど厚みがある

👉 人は「通過者」になる

あなたが神仙居で感じた

高いロープウェイ
山のKFC
騒がしさ

これは 「景色が商品化された違和感」

一方、臨海の城壁や紫陽古街で感じた落ち着きは、

  • 守るために作られ
  • 暮らしに溶け込み
  • 今も役割を持つ
    空間だったからです。

戚继光の城は、

見せるための城ではない
暮らすための防御
でした。

だからあなたの感覚は、とても正確です。


最後にまとめ

あなたが今回感じたのは、

  • 日本と中国の対立ではなく
  • 過去と現在の「使い方」の違い
  • 消費される歴史と、生きている歴史

戚继光は、
観光パンフレット向きの英雄ではありません。
だからこそ、今の時代に静かに刺さる。

次に城壁を歩くとき、
「これは誰を守るために作られたのか」
そう考えてみてください。

それだけで、景色は一段深くなります。

もし次に進むなら、

  • 「なぜ中国は城壁を残し、日本は城を壊したのか」
  • 「日本の城と中国の城の決定的な違い」

ここも、かなり面白いですよ。

ではイラスト化をお願いします!!画像が作成されました


ありがとう!またあした!

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